M9.0

14時46分、宮城県沖を震源とするM9.0(発生当初はM8.8と発表されていた)の大地震が発生!
私が住んでいる地域は震度6強だった。

この日私は夕方から来る仕事の連絡を待ちながら、自室でテレビをみていた。
するとガタガタという揺れを感じたので、いつものようにtwitterに「地震」と書き込もうとして、ひらがなで「じしん」と打ったところで揺れが強くなってきたのだが、とりあえず漢字に変換しpostをした。
その後何かいつもとは違う感じがしたので、とりあえず立ち上がりパソコンのモニタと棚の上に置いてある電話機本体を手で押さえながら揺れがおさまるのを待っていた。
しかしなかなか揺れが弱くなる気配が無くずっと揺れていた。
20〜30秒くらいだろうか…すごく長く感じた。

その時突然、ドンッ!って感じで大きく横に揺れた。
エアコンやテレビが消え、立っていた私は思わず足を滑らせ転びそうになった。
部屋の中でも下の階でも何かが墜ちて割れるような音がしていた。
今まで経験したことのないほどの強い揺れが、いつまでも続いていた。
実際には30〜40秒位なのかも知れないが、自分の感覚では3〜5分ぐらい揺れていたように感じた。
いつまでも揺れが強くおさまる気配がないので、段々胃がムカムカして気持ち悪くなってきた。それと同時に怖くなった。

ようやく揺れが弱くなってきたところで、手で必死に押さえていた棚の上の電話機本体から電話線をはずし床の上におろし、散乱した部屋の中から携帯と財布を探し、上着を着て外に出た。外へ出る途中玄関の花瓶が割れて散乱していた。
外に出ると、ご近所の方も皆外に出てきていた。表に出てからまた強い揺れがきて、足下がゆらゆらして電線が激しく揺れていた。胃のムカムカも続いていて吐きそうだった。それとどこからかサイレンが聞こえていた。

しばらくは強い揺れが続いて家にはいるのは怖かったので、雪が降っていたがしばらく外にいた。そして午前中から病院に行っていた父親に電話してみたが通じず、とりあえずメールを送ろうとしたがダメだった。あいかわらず大地震の直後は全く使い物にならない。しかたないのでtwitterで地震の状況を確認できるか試してみたところ、ちゃんと繋がった!地震直後は電話・メールは繋がりにくいのにtwitterやFacebookは問題なくアクセスできたことに感動した!!そこで今回の地震の震源や規模、原発の事を知った。そして地元のフォロワーさんたちが無事なことも確認でき、ホッとした。

外に出てから30分〜1時間位したところで父親が車で帰ってきた。特にケガもなく無事だった。そして電話したことを話すと、急にSIMカードが認識できないとかのエラーがでて昼か使えない状態だったとか。なんとタイミングが悪いこと…。
それはともかく、父親と二人で家の中に入り被害状況を確認した。
まず茶の間は棚の上の物が散乱していたもののテレビもストーブも倒れることなく無事だった。いつも茶の間にいる猫たちは驚いて飛び出して行ったようだ。
次に台所は食器棚からいくつか食器や酒瓶が飛び出し割れていたが手のつけられないほどではなかった。
最後に父親の寝室はシャンデリアが割れ床やベッドの上に散乱していた。
とりあえず暗くなる前に少しでもかたづけることに。その間も震度3〜4の余震が頻繁にくるので、その都度手を止め安全なところに避難しながら片付けをした。

一通り片付けたところで、この日にやるはずだった仕事をキャンセルするためお詫びのメールと父方の親戚に安否メールを出した。そして父親と話し合った結果、今晩は家の中で過ごすのは危険と判断し車で過ごすことにした。車の中で父親と話しているなかで、近所の神社の鳥居が倒れたことや自動車販売店のガラスが全部割れてしまったことを知り、まだ日がある内に見に行った。

見に行く途中、たくさんの車が家の方に向かっていた。どうやら近くの小学校に避難する人たちのようだった。倒れた鳥居のとこまで来ると、警察官が交通整理をしていた。倒れた鳥居が道路の片側を完全に塞いでしまっていたからだ。

地震で根元から折れた鳥居

 

また地震の影響で停電していて信号は消えており、避難所や自宅へ向かう車で渋滞していた。

窓ガラスが全壊した店舗

日記

世界遺産のど真ん中に建つホテルで働くNGHヒプノセラピスト/ABHヒプノセラピートレーナー/マネークリニック(The Wealthy Mind™️ Program)トレーナー/NLPプロフェッショナルコーチ/心理カウンセラー/温泉ソムリエ

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